1: 蚯蚓φ ★@\(^o^)/ 2015/10/12(月) 00:34:05.19 ID:???.net
4・5歳のころの記憶が残っているというなら、それだけ印象が鮮烈だったということだろう。日本
のアニメ映画『風立ちぬ』が着想されるきっかけとなった小説の作者・堀辰雄は「唯(ただ)一つ、こ
ういう記憶だけが私には妙にはっきりと残っている」と自伝的作品『幼年時代』に書いている。「或
る晩、母が私を背中におぶって、土手の上に出た。そこには人々が集って、空を眺めていた。母が
言った。『ほら、花火だよ、綺麗(きれい)だねえ…』。みんなの眺めている空の一角に、ときどき目
のさめるような美しい光が蜘蛛手(くもで)にぱあっと弾(はじ)けては、又ぱあっと消えてゆくのを
見ながら、私はわけも分からずに母の腕のなかで小躍(こおど)りしていた」。堀は1904年生まれ
だ。そのころ既に、日本の花火はとても華やかだったようだ。
日本では花火を「はなび」という。朝日新聞がアンケート調査で「夏と聞いて思い浮かべるもの」
を尋ねたところ、スイカやかき氷でなく花火が一番多かったそうだ。日本では夏の終わりに全国約
700カ所で花火大会が行われる。だから、日本人には「花火」にまつわる思い出が多い。父親の肩
車、母親のおんぶ、恋人の手…。花火の特徴は、「差別がないこと」と言われる。老若男女や貧富
に関係なく、誰もが見て楽しめ、感じることができるからだ。
堀が見た花火は東京の「隅田川の花火」だった。1732年の大飢饉(ききん)で死んだ人々の鎮魂
を目的に始まったもので、毎年約100万人が一帯に集まる。この花火を見たのは2007年のことだ
った。花火がよく見えることで知られる川岸の「名スポット」近くに開始1時間前に来た。大勢の
人々がビルの間の決められた道を歩いが、その歩みは亀と同じくらいのスローペースだった。「も
う少しくっついて速く歩けば観賞スポットまで行けるのに」と焦っているうちに花火が終わってしまっ
た。打ち上げの大きな音を聞いただけで、火花一つ見られなかった。
その日、人々の通行は規制されていた。案内員が多数、あちこちに立ち、見物客が早足で歩い
たり先に行ったりできないようにしていた。このため、道にはゴミもなかった。こうした厳しい規制が
大惨事をきっかけに生まれたことは後になって知った。その大惨事とは、2001年に明石市民夏ま
つり花火大会(兵庫県明石市)で11人が圧死し、247人が負傷した事故のことだ。死者のうち9人
が子どもだったという。人員不足で歩道橋の規制に失敗したためだった。後日、裁判所は判決文
で、この惨事を「地獄絵図のような群衆なだれ」と表現した。
先日、ソウルの夜を花火が華やかに彩った。規模・内容とも世界レベルと称賛され、花火を見に
来た人々も80万人に増えた。だが、30トンものゴミの山は相変わらずだった。韓国の花火大会の
歴史は長くない。年を重ねるごとに規模は大きくなり、見物客も増えるだろう。危険と悪影響はゴミ
ぐらいでは終わらないかもしれない。花火の素晴らしさにふさわしい市民意識と適切な規制が必
要だ。
鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員
ソース:朝鮮日報/朝鮮日報日本語版<【萬物相】韓国の花火と日本の花火[>
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/10/10/2015101000363.html
引用元: ・【日韓】 韓国の花火と日本の花火~花火の素晴らしさにふさわしい市民意識と適切な規制が必要/鮮于鉦・萬物相[10/11]
【花火の起源は韓国 【日韓】 韓国の花火と日本の花火~花火の素晴らしさにふさわしい市民意識と適切な規制が必要/鮮于鉦・萬物相[10/11]】の続きを読む