1: 荒波φ ★@\(^o^)/ 2015/01/07(水) 09:55:49.98 ID:???.net
オーストラリア政府が大金を支払って米国で購入した2000年前のインドの仏像をインド政府に無償で渡すことにした。
考古学的価値の高い本物の仏像だが、盗品だったことが明らかになったため、速やかに返還を決めたものだ。
オーストラリアやインドのメディアが6日に明らかにしたところによると、
オーストラリア政府は紀元前2世紀ごろにインドで作られた高さ130センチの石仏を近くインド政府に送ることにしたという。
この仏像は2007年にオーストラリア国立美術館がナンシー・ビノというニューヨークの美術品取引商から100万ドル
(現在のレートで約1億1800万円)以上で買ったものだ。
しかし昨年、インドでこの仏像が盗まれたという話が持ち上がったため、オーストラリア政府は直ちに真相調査に着手した。
すると、仏像を販売した人物がうそをついていたことが分かった。
この人物は売買時、「香港在住のイギリス人美術品収集家から買ってきたものだ」とオーストラリア側に説明していたが、
実際にはインドに行って盗掘者から購入していたことが確認された。
オーストラリアのメディアは「調査結果報告を受けたトニー・アボット首相は直ちに仏像をインドに渡すよう指示した」と報じた。
不法に持ち出された文化財を返還する基準となるのは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が作った協約だ。
だが、これは強制力の弱い国際法で、1970年以降に取引された文化財にのみ適用されるいう限界がある。
したがって、締約国同士が交渉することになるが、この過程でさまざまな駆け引きが行われることも多い。
米エール大学は2011年、ペルー・マチュピチュのインカ遺跡から1912年に持ち出された発掘物約5000点を返した。
ペルー政府が米国の裁判所に発掘物返還訴訟を起こし、同国のアラン・ガルシア大統領=当時=がオバマ米大統領に協力を求める書簡を送って実現した。
イタリアは1937年にエチオピアを占領した時、ムッソリーニの指示により
古代アフリカの王国「アクスム王国」の記念碑「オベリスク」をローマのコロッセオ近くに移設した。
国際社会の批判を浴びながら返還が先送りされていたが、2005年になってようやくエチオピアに返還された。
日本は1864年、下関戦争時に奪われた大砲を120年後の1984年にフランスから取り戻している。
金銭的な対価を支払って文化財を取り戻した例もある。2009年、フランス・パリのオークション会場では、
19世紀のアヘン戦争時に清の皇帝の離宮「円明園」からフランスが持ち出した青銅像2点が競売にかけられ、
それぞれ200億ウォン(約22億円)で落札された。
中国は返還を要求したが、フランスは「無償では渡せない」と抵抗した。
最終的には中国が2013年にエアバス社の旅客機60機を80億ドル(約9485億円)で購入する契約を締結、
その直後にフランスは青銅像2点を中国に渡した。
合法的に持ち出したとして、返還に応じないケースも多い。
エジプトは、ドイツが持ち出したツタンカーメンの義母ネフェルティティの胸像を返してもらうと1930年代から要求しているが、ドイツは応じていない。
英国は、19世紀初頭に持ち出したパルテノン神殿の大理石の彫刻を返してほしいというギリシャの要求を100年以上無視している。
韓国は、1866年の丙寅洋擾(へいいんようじょう、1866年のフランス艦隊による朝鮮攻撃)で
フランスが略奪した朝鮮王室儀軌(朝鮮王朝の王室行事を文章と絵で整理した書籍)などの「外奎章閣図書」を2011年に取り戻している。
今年3月には、1920年代に持ち出された朝鮮時代の「徳宗御宝」(成宗が若くして亡くなった父・徳宗のために作った印章)が
米シアトル美術館から返還される。
文化財庁によると、昨年4月現在で海外にある韓国の文化財は合計15万6160点に達するとのことだ。
2015/01/07 08:19
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/01/07/2015010700671.html
考古学的価値の高い本物の仏像だが、盗品だったことが明らかになったため、速やかに返還を決めたものだ。
オーストラリアやインドのメディアが6日に明らかにしたところによると、
オーストラリア政府は紀元前2世紀ごろにインドで作られた高さ130センチの石仏を近くインド政府に送ることにしたという。
この仏像は2007年にオーストラリア国立美術館がナンシー・ビノというニューヨークの美術品取引商から100万ドル
(現在のレートで約1億1800万円)以上で買ったものだ。
しかし昨年、インドでこの仏像が盗まれたという話が持ち上がったため、オーストラリア政府は直ちに真相調査に着手した。
すると、仏像を販売した人物がうそをついていたことが分かった。
この人物は売買時、「香港在住のイギリス人美術品収集家から買ってきたものだ」とオーストラリア側に説明していたが、
実際にはインドに行って盗掘者から購入していたことが確認された。
オーストラリアのメディアは「調査結果報告を受けたトニー・アボット首相は直ちに仏像をインドに渡すよう指示した」と報じた。
不法に持ち出された文化財を返還する基準となるのは、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が作った協約だ。
だが、これは強制力の弱い国際法で、1970年以降に取引された文化財にのみ適用されるいう限界がある。
したがって、締約国同士が交渉することになるが、この過程でさまざまな駆け引きが行われることも多い。
米エール大学は2011年、ペルー・マチュピチュのインカ遺跡から1912年に持ち出された発掘物約5000点を返した。
ペルー政府が米国の裁判所に発掘物返還訴訟を起こし、同国のアラン・ガルシア大統領=当時=がオバマ米大統領に協力を求める書簡を送って実現した。
イタリアは1937年にエチオピアを占領した時、ムッソリーニの指示により
古代アフリカの王国「アクスム王国」の記念碑「オベリスク」をローマのコロッセオ近くに移設した。
国際社会の批判を浴びながら返還が先送りされていたが、2005年になってようやくエチオピアに返還された。
日本は1864年、下関戦争時に奪われた大砲を120年後の1984年にフランスから取り戻している。
金銭的な対価を支払って文化財を取り戻した例もある。2009年、フランス・パリのオークション会場では、
19世紀のアヘン戦争時に清の皇帝の離宮「円明園」からフランスが持ち出した青銅像2点が競売にかけられ、
それぞれ200億ウォン(約22億円)で落札された。
中国は返還を要求したが、フランスは「無償では渡せない」と抵抗した。
最終的には中国が2013年にエアバス社の旅客機60機を80億ドル(約9485億円)で購入する契約を締結、
その直後にフランスは青銅像2点を中国に渡した。
合法的に持ち出したとして、返還に応じないケースも多い。
エジプトは、ドイツが持ち出したツタンカーメンの義母ネフェルティティの胸像を返してもらうと1930年代から要求しているが、ドイツは応じていない。
英国は、19世紀初頭に持ち出したパルテノン神殿の大理石の彫刻を返してほしいというギリシャの要求を100年以上無視している。
韓国は、1866年の丙寅洋擾(へいいんようじょう、1866年のフランス艦隊による朝鮮攻撃)で
フランスが略奪した朝鮮王室儀軌(朝鮮王朝の王室行事を文章と絵で整理した書籍)などの「外奎章閣図書」を2011年に取り戻している。
今年3月には、1920年代に持ち出された朝鮮時代の「徳宗御宝」(成宗が若くして亡くなった父・徳宗のために作った印章)が
米シアトル美術館から返還される。
文化財庁によると、昨年4月現在で海外にある韓国の文化財は合計15万6160点に達するとのことだ。
2015/01/07 08:19
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/01/07/2015010700671.html
引用元: ・【朝鮮日報】仏像を無償返還する豪、対価要求・返還拒否の国とは対照的[01/07]
【と言うわけで、盗んだ仏像返せ韓国人 【朝鮮日報】仏像を無償返還する豪、対価要求・返還拒否の国とは対照的[01/07]】の続きを読む