まぜるな!キケン!!速報

韓国、中国の危険なニュースのまとめ。 「マゼルナ、キケン」

    タグ:野蛮

    1: ジャン・ポール◆Vkp7zYl5.c 2016/08/15(月)17:29:56 ID:j2j

    一部を抜粋

    1895年の乙未事変は、日本が朝鮮の王妃を殺害した野蛮な国家犯罪だった。だが、見たくない部分が
    ある。朝鮮人の加担者だ。禹範善(ウ・ボムソン)は王室を守る訓練隊の大隊長だった。その彼が
    日本の軍人に王宮の門を開いてやり、殺害の現場を護衛した。前日、日本の公使に蛮行を催促したの
    も、斬りつけられて息を弾ませていた王妃に火をつけたのも禹範善だという記録がある。だが正義は
    まだ生きているようだ。大国にすりよってよい暮らしを手に入れた鄭命寿、禹範善ともに同胞の手で
    殺されたのだから。

    もっとも、はるかに論争の多い人物は興宣大院君だ。彼は日本軍の護衛を受け、王妃殺害時に王宮に
    入った。日本側は、彼を利用して事件を王宮内の暗闘に見せかけようとした。強制的に連れてこられ
    たという説も、積極的に動いたという説もある。ともかく、結果的に彼は日本を助けた。世の中を見
    る目は暗かったとしても、愛国心だけは透徹していた人物が、なぜそんなことをしたのだろうか。国
    をすっかり忘れてしまうほど「自分たちの中の敵」が憎かったのだろうか。

    中国の帝国主義の歴史は2000年を超える。内部の分裂を助長し、鎮圧するという「夷(い)をもって
    夷を制す」の戦略が染みついていた。そんな歴史を十分に知っていながら、韓国社会は米最新鋭地上
    配備型迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD、サード)」をめぐり再び分裂している。本当に、
    宿命なのだろうか。

    no title


    鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員

    省略部の詳細はソースで
    Chosun online 朝鮮日報
    http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/08/12/2016081201374.html

    引用元: ・【萬物相】夷をもって夷を制す:鮮于鉦(ソンウ・ジョン)論説委員[8/14]

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    1: 鴉 ★@\(^o^)/ 2016/03/10(木) 10:22:54.26 ID:CAP_USER.net
    〈奪われた朝鮮文化財なぜ日本に 23〉石造物を起重機で破壊、中の舎利塔を奪う

    バラバラに解体、ダイナマイトも使用

    石窟庵の優雅な五重小塔は今もってその所在がつかめずにいる。
    中村が「某氏の邸宅」とあいまいな表現で、小塔の所在を推測しているが、曽禰の邸宅である節が強い。
    統監府時代に外事局長だった小松緑は、曽禰が胃癌と宣告され、統監を辞任したのち「湘南の邸宅で死を待つのみの気の毒な状態」と著書に記している。ひょっとしたらその邸宅に置いてあったのかも知れない。
    または曽禰は某財閥の娘婿ということからして、死後、財閥の秘蔵物として庭園の奥深くにしまわれているかも知れない。いずれにしても醜い所業である。

    卑劣極まりない野蛮な所業

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    表忠碑。朝鮮朝の21代王英祖と26代王高宗が建立した2つの碑がある。世界遺産に指定された。

    田中や曽禰のような植民地支配の権力者による石造遺物の略奪の一方、市井の日本人植民者も石塔や石像物を求めて略奪を行った。

    仏国寺境内の多宝塔の石獅子、同じく仏国寺舎利塔、栗里寺跡の八角石塔、菩薩寺跡の玄機塔、円空国師勝妙塔などなど膨大な数の石造物が、
    よこしまな所有欲で踏み躙られた。その略奪の手法は、卑劣極まりなく、しかも野蛮だった。

    日帝時代に仁川の府会議員(市議)だった河野竹之助という男は、忠清南道の保寧地方にある五層石塔を自分のものにするため、買主を朝鮮人に仕立て、そこから転売してもらったとの偽装工作までした。
    悪徳コレクターとして名高い大邱の市田次郎は、金にあかして中興山城双獅子石灯籠を自宅の庭に移そうとした。

    市田と同じく国宝級の遺物の大所有者として君臨した小倉武之助も盗掘品と承知しながら骨董ブローカーを通し今、朝鮮にあれば即国宝に指定される金銅八角舎利塔と金銅三層塔を自分のものにした。
    これら石塔を爆破もしくは砕いて内部から取り出したものである。略奪者らは石塔を起重機で押し倒し、バラバラに解体し、中の舎利塔のような遺物を取り出すためには、ダイナマイトの使用もためらわなかった。
    このような蛮行が、憲兵や警官の庇護のもとで朝鮮各地で行われ、結果、大阪の山中商会のような一骨董店にでさえ、競売品としての石塔が、数十基も展示されるようになったのである。

    朝鮮には石塔以外にも、王や名僧もしくは侵略者と戦った名将の事績を顕彰する石碑が数多く残されていた。
    日本人らは、これにも目をつけ、略奪または植民地支配遂行上、都合の悪いものは破壊した。

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    朝鮮には多くの顕彰碑が建立されている。(写真は高麗朝末期の政治家・鄭夢周を称えた表忠碑閣)

    石碑は考古学上、「金石文」と分類され歴史資料として重要視された。朝鮮総督府は統治初期に全国の石碑をくまなく調査し、その成果を「朝鮮金石総覧」にまとめ統治参考資料にした。
    日本人学者らが碑面に刻み込まれている筆致の見事さや文章の流麗さを称賛したため、拓本を取ることが流行になった。

    「考古学雑誌」第7巻4号の「朝鮮金石文摺拓取締」という記事は「近時、古蹟調査思想の進歩にともない、金石文の価値ようやく世人の知る所となるや、
    みだりにこれを摺拓するもの増加の傾向にあり、これが偽古碑その他の金石物を汚損、破壊すること少なからず」と警告し、取締の実施を布告した。

    しかし取締当局の朝鮮総督府が、石碑を計画的に破壊し、抹殺したのである。それは日本帝国主義の敗戦色が色濃くなった1943年頃、
    豊臣秀吉の水軍を撃破した李舜臣将軍や義兵僧の総帥、泗溟大師などの愛国碑をことごとく爆破もしくは土中に埋めて抹殺しようとしたのである。
    劣勢に立たされた日本帝国主義は、朝鮮人が、これら先人の顕彰碑を見て鼓舞され、反撃に出ることを恐れての愚行である。

    (南永昌 文化財研究者)

    朝鮮新報
    http://chosonsinbo.com/jp/2016/03/sk37-2/

    引用元: ・【朝鮮新報】朝鮮文化財がなぜ日本にあるのか…卑劣極まりない野蛮な所業で日本人が略奪したからだ

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