まぜるな!キケン!!速報

韓国、中国の危険なニュースのまとめ。 「マゼルナ、キケン」

    タグ:起源

    1: ガラケー記者 ★ 2018/05/30(水) 16:39:53.42 ID:CAP_USER
     中国メディア・東方網は、「世界で最も早くにミニスカートが定着したのは日本ではなく、中国だ」とする記事を掲載した。

     記事は、「炎天の夏には多くの人が短パンに服装を代えるととに、美を愛する女性はミニスカートを着用して人びとを魅了する。ミニスカートが超人気のファッションアイテムとなり、多くのスターも自らの美しいプロポーションを見せつける。しかし、世界で一番最初にミニスカートを発明したのは誰だか知っているか」とした。

     そして、「きっと、ミニスカートを非常に好む日本だと思う人がいることだろう。しかし、実際は違う。答えは、中国のミャオ族なのだ。わが国のミャオ族は数百年前からすでにミニスカートを履いており、その伝統が今も守られているのだ」と説明している。

     記事によれば、ミニスカートを着用するミャオ族は貴州省南東部におり、「短裙苗族」(短いスカートのミャオ族)と呼ばれているという。着用するスカート自体は黒い無地のもので、丈は膝よりもかなり上だ。「高山地帯で生活してきた民族ゆえ、ミニスカートの文化はあまり広く知れ渡っていないのだ。『短裙苗族』の女性に聞くと、ミャオ族自体が100あまりの枝に分かれており、全てのミャオ族がミニスカートを着用するわけではないのだそうだ」と記事は紹介した。

     「短裙苗族」の女性たちは、普段は比較的地味な色彩のミニスカートを履くようだが、お祭りになると煌びやかなスカートを何枚も重ね履きして着飾るのだという。
    searchina
    2018-05-30 16:12
    http://news.searchina.net/id/1660328?page=1

    引用元: ・【短裙苗族】今や「ミニスカ女子」は日本の専売特許だが、その起源は中国にあった![05/30]

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    1: 蚯蚓φ ★ 2018/05/22(火) 23:18:18.56 ID:CAP_USER
    「韓半島が統一にされたら?日本のすぐそばに人口1億人に迫る大国ができることになる。これは途方もないことだ。しかし…。」

    時事番組出演者は続けた。「韓国と北朝鮮は分断されて70年を越え、体制や文化、思想が異質な国になった。同族間戦争までして負った傷はより一層根が深い。」この頃、この様な日本の番組を見るたびに心が楽ではない。日本が完ぺきに部外者ポジションになるからだ。10年余り前なら、こうした時には「韓半島がこのように(分断)されたのは日帝植民支配の影響もある」という一言がついたが、今は一言半句もない。

    日本が意図したことではないというが、第二次大戦敗戦国中ドイツは東西に分断された。東北アジアでは日本の代わりに韓半島が分断された。「分断の悲劇」が産んだ悲劇的な朝鮮戦争を通じて日本は戦後復旧に成功し、東アジアで新たな存在感を勝ち取った。事実38度線、あるいは39度で分断という概念も初めて出たのは日本だ。19世紀末の列強の角逐の中で日本はロシアに39度線を基準として韓半島を分け合おうと提案したが拒絶された。これに先立ち壬辰倭乱の時、倭将・小西行長は明国将軍に韓半島を分け合おうという提案したと伝えられる。結局、日本は1905年、露日戦争で勝って韓半島をまるごと得た。

    普段、統一という概念にこれと言った関心もなく生きてきたが、人口1億人を越える日本社会を見ながら「もし」と想像することがある。人口1億人なら自らの完結的な市場が形成される。同じ言語を使う1億の人口が知識市場を形成すれば、文化の滋養分も変わる。この頃、日本の若者たちが海外に出て行かない理由も国内で十分気楽に暮らすことができるからだ。少なくとも韓半島に平和と共存が訪れたら人口1億の国家が享受できる安定と繁栄にもう少し近寄ることができるかもしれない。

    隣国の固定化された分断の現実に安住したためであろうか。平昌(ピョンチャン)オリンピックを契機に展開する韓半島環境の激変に対する日本の動きは鈍い。ドナルド・トランプ米国大統領とキム・ジョンウン北朝鮮国務委員長の豹変に当惑し、その変化の速度にとまどう表情だ。さらに進んで変化を望まない様子も歴然としている。

    日本国内では安倍晋三総理の外交が空回りしているという指摘がそろそろ出ている。トランプ大統領との親密感だけに依存した判断錯誤、韓国・中国との連帯不足、対北強硬姿勢だけをアピールしてきた副作用という指摘があふれている。その渦中で「もう日本は最後まで『悪役』を演じるほかない」という嘆きも聞こえる。18日、東京で開かれた韓中日シンポジウムでも韓国と米国参加者は日本に対し「北朝鮮にとって徹底した核放棄しか方法はないという考えを持つように圧迫する役割」を注文した。

    振り返ってみると日本は韓半島に対し、いつもこの様な雰囲気だったのではない。改憲と対北強硬策を政権浮揚の二大エンジンとしてきた安倍政権がスタートして5年半が流れた。これまで安倍長期執権が可能な社会の雰囲気と長期執権する安倍政権が率いる世論が「鶏と卵」のように相互作用してきた。あるいは北朝鮮が核とミサイルをあきらめて正常国家として国際社会に帰ってくれば、安倍政権は最も大きな政治的動力を失うことになるかもしれない。

    もう少し見守らなければならないが、韓半島の状況が日本政治の未来を変えるかも知れないという気がする。

    ソ・ヨンア東京特派員
    no title


    ソース:東亜日報(韓国語) [今日と明日/ソ・ヨンア]韓半島ドラマの「悪役」自任する日本
    http://news.donga.com/3/all/20180522/90187476/1

    引用元: ・【韓国】 韓半島ドラマの『悪役』を自任する日本~38度線は日本が起源[05/22]

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    1: LingLing ★ 2018/04/03(火) 23:52:11.18 ID:CAP_USER
    ■漢拏日報、校庭に咲いた王桜-祭りになる キム・クムスク市民記者
    http://www.ihalla.com/read.php3?aid=1522680687591051184

    晴天が続き、満開になった王桜が絶頂になった今、「第27回済州の王桜祝祭」が盛況だ。典農路で3.30-4.1第14回ソサラ文化通り祭を開催していて、涯月邑ジャンチョン里では4.7-4.8まで実施する。ここだけでなく、グァンリョン里ムスチョンではハンモンユ遺跡との間の通りと済州大学への進入路の王桜が有名だ。 済州全体が飛び散る桜の花びらでいっぱいだ。桜は祭りの道だけが人々を魅了するのではなく、学校内の校庭でもまた輝いている。 済州中央女子高等学校の正門から続く校庭は今、王桜トンネルが造られた。

    「中央女子高校の長年の伝統です。王桜が咲く一週間のうち、休み時間だけでなく授業時間にもつなげて校庭に出て、先生と一緒に集合写真も撮って、携帯に春を載せたり思い出を作っています。この日は特別に、過度でない化粧は許してあげています。完全にお祭りムードです。(中央女子高校イム・チャンドゥ教頭先生のインタビュー内容)」 (省略…)

    王桜の原産地は、済州の漢拏山だ。日本の国花が王桜であるから、原産地を日本と思っている人もいるが、日本の学者たちも王桜の原産地は済州と認めている。

    王桜の原産地論争は今から100年以上前にさかのぼる。1908年4月、宣教活動をしていたフランス人タケ神父によって、自生王桜の木が済州で初めて発見された。彼は、漢拏山の標高600m地点の観音寺付近で王桜を発見、標本を採集して、ドイツの植物学者ケネー博士に送って、日本の桜の中で最も有名な品種であるソメイヨシノ(染井吉野)と同じだという鑑定を受けた。

    更に1932年4月、日本京都大学の小泉博士も漢拏山の南側の地点で自生した王桜を発見して、事実上、済州が王桜の自生地であることを認めた。

    しかし、記録があるだけで、自生王桜の木の実体が済州で発見されなかったから、日本の他の植物学者たちはこの事実を信じようとしなかった。

    我が国の植物学者たちは王桜の野生種が日本にはなく、特に済州で発見された記録が出る点などを挙げて、王桜の原産地は済州にあって日本に渡って広がっていったという仮説を立てて、日本の学者たちは日本にも王桜の自生種があったが、広く栽培される過程でなくなったと反論してきた。

    議論が熱く繰り広げられていた1962年4月に、パク・マンギュ博士、ブ・ジョンヒュ博士らが王桜の木の自生地を発見して、名実ともに済州が王桜の原産地であることを宣言するに至る。

    以降、2001年4月に山林庁林業研究院チョ・ギョンジン博士チームは、DNA分析を通じて、日本にある王桜の原産地が済州漢拏山であることを明らかにした。

    2014年11月には成均館大生命科学科キム・スンチョル教授研究チームが、済州島にある王桜の起源を明らかにして、国際学術誌である「米国植物学会誌」(American Journal of Botany)に載せたりもした。

    そんな中で、2015年3月にはホ・チュンル(何宗儒)中国桜産業協会執行主席が、記者会見を通じて、「韓日両者は、どちらも原産地を論じる資格がない」とし、「多くの史料は桜の発源地が中国という事実を証明する」と主張して議論が韓中日の3国に拡散した。

    しかし、これは桜の原産地を中国というもので、一般の桜の木と区分される王桜の原産地論争からは逸れた主張だ。

    王桜は、世界的に済州島にだけ自生する特産植物で、木の背が高くて勇壮に育って、花より葉が先に成長する一般桜の木と違い花が先に咲き始めて、花柄と花柱に毛があり花梗一つに花が複数並んで、他の桜の木に比べて派手という特徴がある。

    毎年この時期には、米国の首都ワシントンD.C.で華麗な桜祭りが開かれる。1912年に日本が寄贈した桜の木を移植した日を記念する祭りだ。米国東北部の春を告げるこの祭りは、凧揚げや花火や仮装行列など多彩なイベントでも有名だ。米国のみならず、全世界から集まる観光客150万人が食べて寝そべって楽しむために使われる費用で、地域経済にもかなりの収益になる。しかし、時間が経つにつれて、ワシントンに寄贈された日本産ヨシノ品種の原産地が、済州産王桜という分析が有力になっている。日本はこれを徹底して否認しているが、韓国国内では定説として通じる。

    引用元: ・【韓国起源】 校庭に咲いた王桜-祭り始まる ワシントン桜の原産地も済州[04/03]

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    1: ■忍法帖【Lv=8,ドラゴン,jFI】 第13艦隊◆IpxlQ2BXrcdb 2017/04/24(月)12:08:35 ID:T4P
     「道」という言葉には、人や車などが往来するために整備された所という意味のほかに、芸術・技芸などのそれぞれの分野、
    また、その精神真髄という意味がある。
    そのため剣道・柔道・空手道など「道」という言葉がつく武術では、実際の技術や身体の鍛錬よりも、
    精神面における修養をさらに重要なことと見る。

     日本には武術以外にも道という言葉が付く芸術・技芸が存在するが、中国メディアの今日頭条が18日付で掲載した記事は、
    お茶そのものの起源は中国にあるにもかかわらず、「茶道」となると、なぜ世界の人びとは日本を思い浮かべる
    のかと疑問を投げかけている。

     記事は「お茶を飲むこと自体はすでに重要なことではない」と指摘し、重要なのはお茶を飲む形式であると指摘。
    茶道においては、お茶の色、香り、味、水質、火加減、また、茶道具のほかに、お茶をたてる動作、姿勢、表情など
    すべてに厳格な規定があると説明した。
    さらに茶室では腕時計をすることは禁じられているうえに時計も存在せず、また、金銭、性、ビジネスを話題に
    することは許されておらず、その話題は自然や芸術に限られていると紹介した。

     さらに客人には茶室に入る前に「茶庭」で心を浄めることが求められていると紹介、茶庭に存在する石の1つ1つ、
    木の1本1本は「和敬清寂(わけいせいじゃく)」の精神を客人に感じさせるものであり、これによって茶会の雰囲気を
    清浄に保つのだと指摘。
    お茶そのものの起源は中国にあるにもかかわらず、「茶道」となると、世界の人びとが日本を連想するのは、
    「茶を飲む」という行為を体系的に発展させ、「道」の1つに昇華させたのが日本だからだと論じた。

    ◎全文は下記からどうぞ(・ω・)ノ
    http://news.searchina.net/id/1634224?page=1

    引用元: ・【サーチナ】お茶の起源は中国なのに! なぜ茶道となると日本を連想するのか [H29/4/24]

    【【何企んでんだ? 】中国メディア「お茶の起源は中国なのに、なぜ世界の人びとは日本を連想するのか」】の続きを読む

    1: 動物園φ ★@無断転載は禁止 2017/02/20(月) 11:22:11.81 ID:CAP_USER
    [休符] 韓国人により似ている九州人
    ヘラルド経済 韓国語

    日本,東京に行って、同じ身なりの韓国人と現地人5人ずつを無作為に立たせて「国籍を区分しなさい」といえば半分程度は当てることができるが、九州に行って同じ実験をすれば誰がどの国なのか分けることができないほど韓国人‐九州人の容貌は似ている。

    私たちの南海と近い九州、東海南部に近い京都、島根県は紀元前から私たちと交流が多かった。

    農耕と千字文、統治体制などの文明を伝える側は韓国だった。九州と京都の遺跡で韓国人は単なる文明伝授者ではなく天神であり、国の建国の元祖と記録されている。

    初代日王神武の曽祖ニニギノミコト(尊命)(邇邇芸命)という天孫が降臨した久士布流多気は九州北部の霧島山(霧島連峰)だ。この山の頂上はカラクニ(韓国岳)だ。建国の神と崇められる彼は伽揶出身だ。日本の建国神話は檀君神話と伽揶神話と似ている。

    カラクニサンは島根県にもある。その山裾に『韓国神社』がある。近くには新羅の地から渡ってきて国を建てたスサノオノミコトを祀る神社が多い。

    京都の象徴である鹿は4世紀に王仁博士一行が放った子孫だ。

    歴史、日本学の専門家であるイ・ナムギョ(李南教)元慶一大総長は、日本語で「ノ」(君、お前の意)を「キミ(君)」というが、これは「キム(金)」が変わってできた言葉で、「ナ」(僕、あたしの意)という意味の「ポク(僕)」は「パク(朴)」が変わってできた言葉であると明らかにした。

    http://heraldk.com/2017/01/30/%EC%BC%ED%9C-%ED%9C%EA%B5%AD%EC%9D%B8-%EB%8D%94-%EB%8B%AE%EC%9D%80-%EA%B7%9C%EC%8A%E4%B9%9D%E5%B7%9E%EC%9D%B8/

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    http://mint.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1487549453/

    引用元: ・【韓国】日本語の君(きみ)の起源は金(キム)、僕(ぼく)の起源は朴(パク) イ・ナムギョ総長 ★2 [無断転載禁止]©2ch.net

    【【これが韓国の大学の総長のレベル】日本学の専門家である元大学総長「日本語の君(きみ)の起源は金(キム)、僕(ぼく)の起源は朴(パク)」 】の続きを読む

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