まぜるな!キケン!!速報

韓国、中国の危険なニュースのまとめ。 「マゼルナ、キケン」

    タグ:記憶

    1: 蚯蚓φ ★ 2018/06/28(木) 00:37:56.06 ID:CAP_USER
    ソウル市は旧日本軍慰安婦被害者が体験した辛い歴史を子どもたちが記憶して共感するように小学校と中学校で訪問教育「記憶と共感-訪ねて行く日本軍慰安婦歴史教育」を初めて実施すると25日、明らかにした。

    この教育は来月から今年末まで市内の小学校5~6学年と中学生を対象に主に放課後の時間を使って120回授業する。社会的企業「私たちが作る未来」が教育を担当する。日本帝国主義と慰安婦に対する歴史だけでなく、戦争と女性、人権関連の教育もあわせて行う。

    ※本記事の原文著作権は「韓国経済新聞社」にあり、中央日報日本語版で翻訳しサービスします。

    ソース:韓国経済新聞/中央日報日本語版<韓経:「日本軍慰安婦を記憶してください」 ソウル市、小中で放課後教育>
    http://japanese.joins.com/article/617/242617.html

    引用元: ・【慰安婦問題】 「日本軍慰安婦を記憶してください」~ソウル市、小中で放課後教育[06/26]

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    1: たんぽぽ ★ 2018/04/09(月) 19:05:22.73 ID:CAP_USER
     日本軍「慰安婦」被害女性の痛みを描いた映画『アイ・キャン・スピーク』で、ハルモニ(おばあさん)が世の中に向かって吐き出した絶叫だ。忠清南道公州では、短く重みのあるこの文言が市内バスに掲げられ、市民の心を揺さぶっている。最近、忠清南道公州(コンジュ)市街を行き来する100番の市内バスの車体には、「忘れたら負けだから」という文句と平和の少女像、生徒4人の姿の広告が貼られた。「記憶されない歴史は繰り返されます。私たちは、ハルモニたちの痛みをともに記憶しましょう!」という文も添えた。

     広告は公州高校の生徒たちが制作して掲示した。昨年、1年生2学期の自主活動の一つである「色のあるクラス別創意テーマ活動」で誰かが投げかけた「日帝、慰安婦、独島問題など歴史認識について考えてみようか」が出発点だ。生徒たちは頭をつき合わせ考えた末に、慰安婦問題と関連し意義あることをしようと意気投合した。「議論の末に、慰安婦被害関連広告を制作して市内バスに貼りつけることにしました。生徒はもちろん、市民に対して慰安婦問題を伝え共有しようとする気持ちでした」

    (以下略、続きはソースでご確認下さい)
    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180409-00030251-hankyoreh-kr
    ハンギョレ新聞

    引用元: ・【韓国】「忘れたら負けだから」…公州の高校生が「ハルモニたちの痛みをともに記憶しよう」[04/09]

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    1: ねこ名無し ★@無断転載は禁止 2017/07/29(土) 22:12:49.36 ID:CAP_USER
    世界的に見ても、韓国ほど情熱的な国も珍しい。私が3度も韓国に留学した理由でもある。韓国には日本では感じることのできない刺激的な魅力がある。ところがその情熱が不思議なほどすぐ冷めてしまい、忘れられるのがあまりにも残念だ。国民性のせいだろうか。

    最近、日本で働いていた新聞社の先輩記者から、韓国IMF(国際通貨基金)経済危機20年を迎えて20年になり企画記事を準備したいのでこれを手伝ってほしいと頼まれた。

    当時、職場を解雇されたり就職が取り消しになるなど、人生に大きな影響を受けた人を探しているのだが、それがなかなかうまくいかないのだと言った。

    そういう人はいくらでもいるはずなのに、なぜこんなに見つからないのか、最初は理解できなかった。ところが探し始めるようになってその理由がだんだん分かってきた。20年という歳月は、韓国では非常に長い歳月だ。

    こんなに大変なことを体験しても、昔話のように感じ、当事者も「詳しいことはよく思い出せない」と言ったりする。しかも「20年も過ぎたが、なぜ韓国でもない日本でそのような記事を書くのか」と不思議に思われた。

    日本は少し違う。2011年東日本大震災はもちろん、1995年の阪神・淡路大震災も毎年その時期が来ると当時を振り返ったり、犠牲者の遺族がどのように暮らしているのか、再発防止対策などのさまざまな報道が出る。20年になる年は大々的に報道した。忘れないためだ。

    先輩がIMF危機20年を取材すると聞いた時、一番最初に頭に思い浮かんだのは、2002年韓国に初めて留学に来た時に会った友人だ。

    私は当時、IMF危機がどういうものかよく知らなかったが、その友人の父親の工場が倒産し、母親は家を出て行ってしまったと聞いた。頑張って毎日を生きながら、何とかして夢をかなえようと努力している姿を見て私も刺激を受けた。

    先輩にはIMF危機の時に銀行員だったが解雇されたという人を見つけて紹介した。初めてインタビューを依頼した時は「解雇されて悔しいと思わなかったし、むしろ違う仕事をたくさん経験することができて良かった」と何でもない事のように話していた。

    ところが先輩と一緒に話をインタビューを進めていくうちに苦労談が出てき始めた。この人は当時融資担当だったので、事業が傾いた中小企業の社長が多く訪れてきて彼にあれこれ訴えたという。

    「私がどうすることもできないのをよく知りながらも、そういうふうに訴えるほかなかった社長の心情も十分理解していた。そうしているうちに、うちの銀行が退出銀行に指定されて他の銀行に買収されて私は解雇された。私よりもはるかに深刻な状況に陥った人々をたくさん見ていたので、解雇されたくらい何でもなかった」。

    直接的な理由ではないかもしれないが、彼が奥さんと別れたのも解雇と無関係ではなさそうに見えた。

    インタビューはしなかったが、他の数人からもIMF危機に関する経験を聞いた。父親が大宇(デウ)グループの社員だったという人は、グループが解体されてその時まで、会社から支給されていた大学登録料が途絶えて自分で稼がなくてはならなくなり、就職は思いもしなかったというという。結局、20代で事業を始めて成功したという。

    また他の人は97年に就職と同時に解雇され、予定されていた結婚も延期し、海外に出てアルバイトで稼いだという。今はジャーナリストとして活躍している。

    2人の経験を通じて、短い期間に痛みを克服した韓国の底力を実感した。もちろん自殺したり再起できないほど深刻な状況に陥ったりした人々も多かっただろう。

    日本で辛い記憶を再確認して絶えず報道するのには理由がある。その痛みを再び繰り返さないようにしようという覚悟だ。地震自体は自然災害なので防ぐことは難しいが、これにどのように備えて対処するべきか、痛みを共有して今後の犠牲を減らそうということだ。韓国もそうしたら良いのにと思う。

    胸が痛い記憶だが、20年前に起きた経済危機を振り返れば今後も忘れてはいけない教訓を得られるはずだ。いつ再発するかもしれない次の経済危機の犠牲者を減らすためにも。

    成川彩/日本人ジャーナリスト(東国大大学院在学中)

    http://japanese.joins.com/article/802/231802.html

    引用元: ・【中央日報】危機の記憶をすぐに忘れる韓国、20年過ぎても再確認し続ける日本[7/29] [無断転載禁止]©2ch.net

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    1: 蚯蚓φ ★@無断転載は禁止 2017/04/24(月) 22:38:52.90 ID:CAP_USER
    no title

    ▲「世界を変える偉大な羽ばたき、日本軍慰安婦」映像の一場面

    (ソウル=聯合ニュース)ワン・キロァン記者=サイバー外交使節団バンクは今月17日、日本軍がインドネシアに慰安婦を引っ張っていって乱暴に脅迫したという戦犯裁判記録が公開されたことを契機に社会関係網サービス(SNS)を通じて国際社会に日本軍慰安婦の実体を知らせるキャンペーンを展開している、と24日明らかにした。

    韓国語と英語で製作した「第二次世界大戦、日本政府の戦争犯罪と人権じゅうりん、日本軍慰安婦」、「米国に行った日本軍慰安婦少女像」、「次は日本です」、「世界を変える偉大な羽ばたき、日本軍慰安婦」とともに韓国語・英語・日本語・中国語で作った「少女の話」など動画12編をYouTubeなどに上げて世界の人に広報する。

    これら映像には戦争犯罪である日本軍慰安婦が日本政府によって組織的になされ、世界的に前例がない20世紀最大規模の強制人身売買であり、人権じゅうりんという点について詳細に説明している。

    また、犯罪事実を否定して歪曲する日本政府に対抗し、1991年キム・ハクスン、ハルモニ(当時67才)が韓国で初めて記者会見をし、イ・ハルモニの勇気に力づけられて日本軍慰安婦の実体が全世界に知らされ始めた、という内容などを含んでいる。

    バンクはまず会員12万人とEメールペンパル交流をする外国人にこの映像を知らせている。これから小・中・高校生を対象に全世界の女性人権問題解決と地球村市民教育を進める時、この動画を積極的に活用するという計画もたてた。

    パク・ギテ、バンク団長は「(公文書の)戦犯裁判記録が公開され、日本の有志市民団体と学者らが政府に慰安婦強制性を認めて謝罪せよと声を高める今が国際社会にこれをきちんと広報できる絶好の機会と判断する」として「反省ない日本政府の日本軍慰安婦問題を全世界に正しく知らせるために動画12個を作り、YouTubeをはじめとしてフェイスブック、インスタグラムなどSNSを通じて配布する」と説明した。

    引き続き「全世界の人々が日本軍慰安婦問題を第二次世界大戦当時、ユダヤ人が体験したホロコーストのように記憶できるように、全韓国人が一つになって70億世界の人の胸中に「少女像」をたてていかなければならない」と話した。

    日本共同通信は去る17日、日本の国立公文書館と法務省が日本軍慰安婦問題と関連した公文書19件(182点)を今年2月、日本政府内閣官房に提出したと報道した。これら公文書は太平洋戦争後、東京裁判とBC級戦犯裁判の記録で、この中に「バタビア(ジャカルタの過去の名称)裁判25号事件」という資料には日本海軍のインドネシア特別警察隊隊長が戦後、日本法務省関係者に「200人程度の婦女を慰安婦として奥山部隊の命令によりバリ島に連れて入った」と話した証言が含まれている。

    また「ポンチャナック(インドネシア地名)裁判13号事件」の判決文には「多数の婦女が乱暴な手段で脅され強要された」という内容が含まれていた。これは日本軍が慰安婦を強制連行した明確な証拠だと指摘される。しかし、資料を受けた内閣官房は「軍人が売春を強要し有罪判決を受けたことは認識している」としつつも「全体として見れば強制連行を直接示す記述は発見されなかった」と既存の立場を繰り返した。

    ソース:聯合ニュース(韓国語) バンク「慰安婦強制連行」裁判記録公開に「実体広報」展開
    http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2017/04/24/0200000000AKR20170424041500371.HTML

    関連スレ:【慰安婦問題】 国立公文書館、慰安婦「連行」文書など内閣官房へ提出~「軍の命令でバリ島に慰安婦連れ込んだ」等の証言[04/17]
    http://mint.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1492421275/

    引用元: ・【慰安婦問題】 「全世界70億人の心の中に『少女像』たてる」~バンク、「慰安婦強制連行」裁判記録公開でキャンペーン展開[04/24] [無断転載禁止]©2ch.net

    【【70億も売春婦像建てるのかw】 韓国サイバー外交使節団バンク「ホロコーストのように記憶できるように、全世界70億人の心の中に『少女像』たてる」】の続きを読む

    1: 蚯蚓φ ★@無断転載は禁止 2017/02/14(火) 15:47:03.46 ID:CAP_USER
    no title

    ▲製作中の少女像
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    ▲チョン・テギ、ソウル耳鼻咽喉科医院院長.

    慶南(キョンナム)金海市(キムヘシ)ソウル耳鼻咽喉科医院のロビーに27日午後2時、「少女像」が立てられる。日本軍慰安婦被害ハルモニを賛える少女像は全国で50余りに達するが、団体ではない個人が少女像をたてるのは初めてだ。

    同病院のチョン・テギ(57)院長は14日「辛い歴史であっても必ず記憶して子孫に教えなければならないと考えて病院の中に「平和の少女像」をたてることにした。病院を訪れる多くの人、特に子供たちが見て感じることを願う」と話した。

    少女像は慶南で活動するピョン・ジェボン彫刻家が作っている。17~18才ぐらいになった短い髪の少女が韓服を着て椅子に座っている姿で、椅子はなくつま先だけ地面につけた危ない姿勢をしている。日本軍慰安婦被害ハルモニらがまだ私たちの社会でもきちんと待遇されないまま飛び交う魂を象徴するものだ。底には日本軍の軍靴の跡が彫られた。少女は右手はこぶしを握り、左手は開いている。こぶしを握った手は怒りを、開いた手は容赦を意味する。

    チョン院長は「容赦はするものの忘れるのはやめよう」という意味で少女像に「怒りと容赦の碑」と名付けた。少女像建設費1300万ウォンは全額チョン院長が負担した。しかし、市民らが参加できるように23日まで市民寄付も受けることにした。寄付は全額、慰安婦被害ハルモニ関連団体に寄付する計画だ。

    チョン院長は「病院中に少女像をたてるといったら、周辺の様々な人々が反対した。余計な問題が生じかねず、病院の営業にも役に立たないということだ。しかし、辛い歴史でも生活の中、近くに置いて向き合うべきだと考えて少女像をたてることにした。日本軍慰安婦被害ハルモニらを賛える少女像たてる運動が全国でもっと積極的に繰り広げられることを願う」と話した。

    ソース:ハンギョレ新聞(韓国語) 今回は個人が「少女像」たてる
    http://www.hani.co.kr/arti/society/area/782540.html

    引用元: ・【慰安婦問題】 今度は個人が「少女像」たてる~チョン院長「辛い記憶も記憶すべきと考えて病院内に建てることにした」(写真)[02/14] [無断転載禁止]©2ch.net

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