まぜるな!キケン!!速報

韓国、中国の危険なニュースのまとめ。 「マゼルナ、キケン」

    タグ:微笑

    1: 蚯蚓φ ★@\(^o^)/ 2015/08/17(月) 23:22:07.11 ID:???.net
    国民性で悪口とは遠い日本。日本人たちは悪口のない自国文化を誇らしいと考えているようだ。
    悪口と言えばせいぜい馬鹿野郎くらいで、これは漢字でばらし書きすると「馬と鹿を見分けられな
    いバカな野郎’で、我が国に比べれば悪口とも言えないしろものだ。

    何年か前、日本の長野の金剛寺というお寺の招待で日本に行ったことがあった。前にも何度か行
    ったことがあるが、その時の訪問は少し特別だった。朝日新聞と日本国営放送NHK放送局、文芸
    春秋など有名マスコミからインタビューの要請があり、記者会見形式でインタビューを受けることも
    した。このため、日本で図らずも有名人になってしまい、あちこち忙しい日程を送らなければならな
    かった。

    ところが事件が起きてしまった。日本の某企業体会長と会う席で思わず15分程度遅れてしまった
    のだ。日本の地理が苦手で起きたことだったが、約束だけは正確に守らねばならない日本では、
    それは小さくない事故であった。「アイゴー、本当に申し訳ありません。これは私が大きな失敗をし
    ました。申し訳ありません。」私は会長に会うやいなや「スミマセン」を連発したし、会長は私を喜ん
    で迎えて「かまいません」と微笑を浮かべていた。

    ところが瞬間、霊能力者の私の目にはそれが微笑ではなく、怒りに感じられたではないか。その
    時‘日本人たちにも悪口さえあれば’という考えがかすめた。もし韓国でなら「なんで遅れました
    か?人をこのようにお待たせしてもかまわないのですか。」という言葉が飛び出しただろう。だが、
    いがみ合い言い争いをしながら、怒りは自然にやわらいでかえって怒った人はまもなく申し訳なく
    なって雰囲気はすぐ和気あいあいになっただろう。

    しかし、日本人会長は違った。別れる時まで怒りをなんとか耐えて無理に笑い、もし私が彼の胸の
    内を覗いて見ることができなければ、うっかりだまされるほど完ぺきな演技をしたというだろうか。
    しかし、私はそのような彼が本当にかわいそうに見えた。胸のうちにある言葉を口の外へ排出でき
    ないことがどれほど大きな苦痛だったろう。

    ただその会長だけではないだろう。それだけ日本人たちは‘悪口のない文化’のために多くの苦痛
    とストレスを受け入れていることは明らかだ。悪口は言語の排泄物であり疎通だ。悪口を言う瞬間、
    胸中にギュウギュウ積み上げたストレスがさっと解けて気が晴れる。また、私の感情があらわれる
    のは相手方との疎通といえる。ただし悪口に感情さえ混ぜなければ良い。これが悪口の純粋機能だ。

    それでも悪口を推奨するのではない。表現せず心に閉じ込めておくことが必ずしも良いことではな
    いという意味だ。悪口は良いものではないが、時には悪口でもしたらと思う時がある。結局、相手
    方を気楽にして上げることが世渡りが上手だということだろう。人が生きる世の中は正がいつも正
    ではなく、邪がいつも邪ではないからそれだけ世渡りが難しいのかも分からない。

    チャ・キルジン、厚岩(フアム)未来研究所代表

    ソース:京畿日報(韓国語) 韓国の悪口、日本の微笑
    http://www.kyeonggi.com/news/articleView.html?idxno=1015345

    引用元: ・【日韓】 韓国の悪口、日本の微笑~日本人は悪口の無い自文化を誇りにしているが、悪口がいつも悪いとは限らない[08/17]

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    1: 蚯蚓φ ★@\(^o^)/ 2015/01/12(月) 11:27:50.41 ID:???.net
    no title

    ▲顔紋軒丸瓦

    ‘新羅の微笑’と呼ばれる‘顔紋軒丸瓦’の真偽を扱った文が地域学術誌に載り論議になっている。
    今月初め、慶州文化院が発行した‘慶州文化’第20号特集号に‘顔紋軒丸瓦と新羅の微笑’とい
    う題名の文が掲載された。

    イ・ジョンフン(元慶州皇城新聞発行人)氏が書いたこの文の副題は‘顔紋軒丸瓦の真偽考察’だ。
    微笑を浮かべた人の顔をした瓦で去る1998年、慶州世界文化エキスポで‘新千年の微笑’を表現
    するイメージに使われ慶州の象徴になった新羅時代遺物‘顔紋軒丸瓦’をめぐる論議とは何だろうか。

    李氏が提起した核心は‘顔紋軒丸瓦は新羅時代遺物ではないかもしれない’ということだ。疑問点
    は△製作時期と製作方法△実際使用の有無△収集および寄贈過程など大きく三種類だ。顔紋軒
    丸瓦は新羅時代ではなく日帝強制占領期間、慶州のある陶器工場で作られた5点中の一つに過
    ぎないというのだ。このうち4点が過去の慶州博物館の元骨董品店に陳列されており、1960年初
    め慶州東部洞(トンブドン)のある喫茶店インテリアに使われていたという主張だ。

    その後1970年、慶州博物館で喫茶店内部装飾品だった顔紋軒丸瓦を掘り出し持っていって遺物
    登録したという。同文ではこれを目撃した地域民と実際に掘り出た張本人が慶州に今も生きてい
    ると明らかにした。

    一方1934年、慶州の古物商で日本人田中氏がこれを収集し、その後慶州博物館に寄贈したとい
    う博物館の公式記録についても、収集場所と博物館に寄贈した日などが慶州博物館とパク・イル
    フン元博物館長回顧録そして慶州観光振興院資料に各々別に表記されていて信憑性がないと主
    張した。(中略)

    李氏は「顔紋軒丸瓦が根拠なしに歪曲され、新羅遺物に変身したという主張の真偽を考察し学界
    の調査と研究を促すために書いた文」とし、「慶州文化院でも苦心のあげく文を載せただけに、年
    代測定等を通して不信と混乱を終息させなければならない」と話した。

    これについて慶州博物館側は「とんでもない」主張だと一蹴した。ホ・ヒョンウク学芸研究家は「文
    を読んでみたがアマチュア的な見解で書いた小説」とし、文で提起した主張に正面から反論した。
    ホ氏は「土で作った物は炭素年代測定できず、成分を分析しても材料の土の種類などしかわから
    ない。製作技法や様式等を通じて専門家たちが統一新羅時代遺物と確認したものだ。

    また、収集経緯と寄贈は正確に1972年10月14日でこの過程でパク・イルフン元館長が田中氏
    に送った書信なども博物館で保管中だ。顔紋軒丸瓦の出土記録はないが沙亭里から持ってきた
    ものと伝えられるので‘伝’沙亭里出土と表記している」と話した。

    特に文と共に載っていた田中氏の息子夫婦と妻の写真が‘偽物’であると指摘した。ホ氏は写真
    の中の男性は‘ホ氏自身’とし、「顔紋軒丸瓦寄贈40周年をむかえた去る2012年、直接日本に行
    って田中氏の二人の娘と取った写真で、この時、博物館記念品店で買った顔紋軒丸瓦模型を贈り
    物に渡した」と明らかにした。

    ホ氏は「あやふやな主張を土台にしたこの文を慶州文化にのせたことは慶州文化院の名声を傷
    つけた」と反論した。

    チョン・ミンジ記者

    ソース:大邱新聞(韓国語) 新羅の微笑‘顔紋軒丸瓦’真偽論議
    http://www.idaegu.co.kr/news.php?mode=view&num=152577

    引用元: ・【韓国】 日帝時代に作られた?新羅の微笑「顔紋軒丸瓦」真偽論議[01/11]

    【日帝残滓だからあるもこれも抹消すべき ニヤニヤ【韓国】 日帝時代に作られた?新羅の微笑「顔紋軒丸瓦」真偽論議[01/11]】の続きを読む

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