1: ジャン・ポール◆Vkp7zYl5.c 2015/12/21(月)02:48:03 ID:rpE
前略:現在、教科書国定化などもにらみ、建国日論争が生まれている。「1919年建国論」と「1948年
建国論」だ。「1919年建国論」はわが大韓民国は三・一運動で建立された大韓民国臨時政府の法統を
継承し」という憲法前文に基づいている。「1948年建国論」は政府樹立記念日が基準だ。だが双方に
は弱みもある。「19年建国論」は植民地化という「挑戦」に対する臨時政府樹立という「応戦」とし
て定義づける事ができる強みがあるが同時に弱点でもある。


 「19年建国論」は「政治学のいろは」とズレている。現代の政治学は、国家とは領土・国民・主権
の3要素を持つものであって、3要素の一つが欠けただけでも国家とは見なし難い、と教えている。韓
国が1919年に建国されたと見る場合、徴用や慰安婦問題といった植民地時代の苦難をどう説明するか、
はっきりしない。「韓国の誕生」という事実判断と「臨時政府の法統継承」という価値判断を混同し
ている、という批判も免れ難い。

 金九(キム・グ)主席の臨時政府も、1941年の「建国綱領」で「敵の統治機構を国内から完全に撲
滅し、中央政府と議会の正式な活動で主権を行使する過程」を「建国の第1期」と規定した。建国を今
後の課題として設定したのだ。こうした事実を見過ごすと、歴史がファンタジーの領域に退行する危
険がある。 

 従って「韓国の誕生日は1948年8月15日」と見る方が自然だ。ところが「48年建国論」は、ここから
一歩踏み出している。「1948年8月15日は韓国の建国節にもかかわらず、政府樹立記念日に格下げされ
ている」と主張しているのだ。

 しかし「48年建国論」を強調し過ぎると、李承晩(イ・スンマン)初代大統領が1948年8月15日に
行った記念の演説と衝突するのが問題だ。「政府樹立大統領記念辞」というタイトルのこの演説は
「大韓民国30年8月15日 大統領李承晩」という文言で終わる。「大韓民国は1919年に樹立された臨時
政府の法統を継承する」と宣言した人物は、ほかならぬ李承晩大統領だ。李大統領はこの記念の辞で、
建国と政府樹立を、対比させるより、むしろ自然に併用している。

 二つの建国論がどちらも弱みを持っているのは、事後的な解釈だからだ。にもかかわらず、自分の
弱みからは目を背け、他人の弱みばかり暴こうと言い争いを続けると「兄弟の目にある塵(ちり)を
見て、おのが目にある梁木(うつばり)を認めぬ」(マタイ7章3節)ことになりやすい。再評価は歴
史家の領分だが、だからといって自分の希望する事項まで史実に混ぜる権利は歴史家にもない。

キム・ソンヒョン文化部次長

省略部の詳細はソースで。
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/12/19/2015121900428.html

引用元: ・【朝鮮日報コラム】大韓民国建国は1919年なのか、1948年なのか[12/20]

【内戦中なんだから、まだ建国してないだろ【朝鮮日報コラム】大韓民国建国は1919年なのか、1948年なのか[12/20]】の続きを読む